本書の使い方

この本は古池研究室のサイト (https://koike-lab.org/) からリンクされています。研究室の学生さんはもちろん、近い研究アプローチを取っている研究室の方々や、教育 AI に関心のある社会人の方にも開かれた本でありたい、と思いながら書いています。最初にこの章で、「自分にとってこの本をどう使うのが良さそうか」を一緒に整理しておきましょう。

読み始める前に一つだけ。 本書は LLM をフル活用して書かれた未完成の地図で、論文ほど厳格にチェックしてあるわけではありません。誤った主張や数字の取り違えが混ざっている可能性も含めて、自分の頭で確認しながら読んでください。詳しい事情と注意は まえがき の冒頭にまとめてあります。先に目を通してから本書を使い始めるのがおすすめです。

姉妹編との読み合わせ

本書には対をなす姉妹編「古池謙人流『研究の進め方』」があります。姉妹編が研究の HOW (どう問いを立て、論文を書き、査読と付き合うか) を扱うのに対し、本書は教育 AI / 認知学習工学という分野の WHAT (何を研究するか、どんな素材・方法・歴史があるか) を扱います。

特に古池研究室の学生さん、あるいは近接ラボで研究を始めようとしているあなたには、二冊をペアで読むことを勧めています。姉妹編は研究室サイト https://koike-lab.org/ からアクセスできます。

  • 文献調査・問いの立て方・論文化のコツ → 姉妹編
  • 認知科学・学習科学・ITS / AIED・倫理などの分野的中身 → 本書

このペアで、研究室での日々の判断のかなりの部分が地図上に置けるはずです。

想定読者

本書が想定しているのは、おおよそ次のような方々です。

  • 古池研究室で研究を始めようとしている学部生・大学院生 研究室で扱う問題意識 (認知の形式化、ITS、中間表現アプローチなど) の地図として読んでください。
  • 近接する研究分野の学生・若手研究者 ITS / AIED / LA / EDM / HCI / 認知科学 / 教育学 のいずれかに重心を持つラボの方々を想定しています。「自分の研究はこの地図のどこに位置するのか」を考える材料として使ってもらえると嬉しいです。
  • 教育 AI に興味のある実践者・社会人 関心ある章を辞書的に拾って読んでいただく形でも、十分役に立つはずです。

前提知識について

  • 必須:大学初年次レベルの数学 (確率・統計の基礎) と、プログラミングに対する基本的な慣れ
  • あると読みやすい:心理学・認知科学の入門的な知識、データ構造とアルゴリズムの基礎
  • さらにあれば:機械学習や HCI の基礎

ただ、本書は各分野を基礎からたどり直すように書いてあるので、これらが揃っていなくても読み進められると思います。詰まったら遠慮なく該当章をスキップして、後で戻ってきても構いません。

三通りの読み方

本書は通読しても辞書的に使ってもいいように設計しました。あなたのスタンスに応じて、おおまかに次の三つの使い方があります。

(i) 全体を通読する読み方 (コミットして読む方向け)

研究テーマとして本格的に取り組もうとしている学生さん、博士課程を志望している方、教育 AI を研究領域として一望したい方は、第 1 章から順に通読することをおすすめします。各章は前後の章と緩やかに繋げてあるので、流れに沿って読むと、教育 AI 研究という領野の輪郭が自然に見えてくるはずです。

(ii) 関心のある部分を深く読む読み方 (テーマ志向の読者向け)

「学習者モデルだけは丁寧に押さえたい」「ITS の系譜は知っているけれど、認知科学の章を補強したい」――そんなふうに、すでに自分の関心がはっきりしているあなたは、関連する章を集中的に読んでもらって構いません。下の節で章の構成を示していますので、そちらを参照しながらピックアップしてください。

(iii) 辞書・索引として参照する読み方 (ライトな読者向け)

教育 AI 領域全体の見取り図を 手元に一つ持っておきたい、という使い方も大いにありです。気になった用語や分野が出てきたら、目次や巻末の用語集を起点に該当章だけ拾ってください。各章は単独でもある程度読めるように書いてあります。

本書の構成

本書は 6 部 18 章で構成されています。

  • 第 I 部:基礎理論編 (第 1〜4 章) 認知科学、教育学・学習科学、知識工学という、本書が立脚する学問分野の基礎を扱います。「認知とは何か」「学習とは何か」「知識をどう表現するか」という根本的な問いに向き合う部分です。
  • 第 II 部:方法論編 (第 5〜7 章) 認知をどう分析し、形式化し、それに基づいてどんな学習活動を設計するか――本書の中核となるテーマである「形式化」と「中間表現」もここで登場します。
  • 第 III 部:技術編 (第 8〜12 章) ITS、学習者モデリング、適応的学習支援、HCI、AI 応用といった、適応的学習環境を実装するための技術トピックを扱います。
  • 第 IV 部:評価編 (第 13〜14 章) 実験計画法、統計的検定、効果量、質的評価などを通じて、研究成果をどう評価するかを学びます。
  • 第 V 部:関連分野と応用 (第 15〜16 章) ITS、AIED、LA、EDM、Learning Engineering といった近接分野との関係を整理し、実際の応用事例 (僕自身のプロジェクトを含む各種システム) を紹介します。
  • 第 VI 部:倫理と未来展望 (第 17〜18 章) 教育 AI を実装・運用するうえで避けて通れない倫理的・社会的論点と、これから先の展望を議論します。

関心別のおすすめルート

通読のあなたも、テーマ志向のあなたも、最初の手掛かりとして次のルートを参考にしてみてください。

教育工学・学習科学の背景があるあなたへ

  1. 第 I 部、特に第 2 章 (認知) と第 3 章 (学習) から
  2. 第 II 部で方法論の輪郭を掴む
  3. 第 III 部は第 8 章 (ITS 基礎) と第 11 章 (HCI) を厚めに
  4. 第 IV〜VI 部で評価・応用・倫理に進む

情報科学・AI の背景があるあなたへ

  1. 第 1 章で全体像、第 4 章 (知識工学) を厚めに
  2. 第 6 章 (形式化と中間表現) に重点
  3. 第 III 部、特に第 9 章 (学習者モデリング) と第 12 章 (AI 応用)
  4. 折り返して第 2・3 章で認知・学習の基礎を補う

開発・実装に関心があるあなたへ

  1. 第 1 章で全体像
  2. 第 III 部を中心に実装技術
  3. 第 II 部で設計方法論
  4. 第 V 部で応用事例
  5. 必要に応じて第 I 部の該当章で背景を補う

教育実践・現場志向のあなたへ

  1. 第 1 章、第 3 章 (学習) で基礎概念
  2. 第 7 章 (学習課題と学習活動の設計) を厚めに
  3. 第 V 部 (応用事例) と第 VI 部 (倫理と展望)
  4. 必要に応じて第 III 部の技術章を参照

各章の構成要素

各章は次のような要素で構成されています。

  • 章の概要:その章で扱う問いと、本書全体の中での位置づけを最初に示します。読み始める前に必ず目を通してください。
  • 本文:歴史的背景から最新動向まで、議論の流れを大切に書いています。重要な概念は 太字 で示し、専門用語は初出時に定義します。
  • 事例・具体例:抽象的な概念をつかみ直すためのケーススタディを差し挟んでいます。
  • 図表:概念図、システム図、データ例などをできる限り添えました。
  • コラム:歴史的エピソードや実践現場の声、補足的な議論を扱います。本筋から少し逸れますが、研究の手触りを伝える役割を意識しています。
  • まとめ:章の要点を整理します。復習や辞書的な参照に使ってください。
  • 次の章へ:その章を踏まえて、次にどの問いへ進むのかを短く案内します。
  • さらに学ぶために:そのトピックを深掘りしたい方のための文献・リソースを紹介します。

図表・数式・コードの扱い

  • 概念図:認知プロセスやシステム構成、データの流れを視覚化するために、各章に概念図を添えました。
  • 数式:認知モデル、統計手法、アルゴリズム記述に必要な範囲で数式を使います。なるべく直感的な説明と並べる形にしました。
  • コード例:実装を扱う章では Python を中心としたコード例を載せています。読みやすさを優先してコメントを多めに付けています。

記法と凡例

  • 太字:重要な概念・キーワード
  • イタリック:強調や、専門用語の初出
  • 等幅フォント:コード、変数名、ファイル名

文献引用と用語

  • 文献引用は [著者名 年] の形式で、本文中のリンクから巻末の参考文献に飛べます。古典的・基盤的な文献は初出時に簡単な解説を付けてあります。
  • 専門用語は初出時に定義し、巻末の付録「用語集」にもまとめています。気になる語が出てきたら、そちらも合わせて参照してください。

本書のあとに

本書はあくまで地図を提示するところまでを役割としています。読み終えたあと、もし「著者がこの地図上で実際にどんな研究をしているのか、もう少し具体的に見てみたい」と思ってくださったあなたには、僕自身の研究論文 [Koike2026] を一つの実践例として読んでいただけると嬉しいです。中間表現アプローチを軸にした認知形式化の話で、本書第 6 章・第 16 章と内容的に呼応しています。論文 PDF は研究室サイト (https://koike-lab.org/) からアクセスできます。

ただし、本書の続きが必ずしも僕の研究路線である必要はありません。あなたが、本書の地図上のどこか別の場所に自分の研究を立てるのも、十分にあり得る歓迎すべき進み方です。

学習のヒント

最後に、僕自身が研究指導をしながらよく感じているコツを少しだけ。

  1. 既知の概念と関連づけて読む:新しい用語に出会ったら、すでに知っている概念とどう違うのか・どう似ているのかを問いながら読むと、定着が良くなります。
  2. 具体例で考える:抽象的な議論は、自分が触れた教材・授業・システムに置き換えてみると、急に手触りが出てきます。
  3. 批判的に読む:本書に書かれた整理も、あくまで一つの整理です。「自分ならこの分け方をしない」と感じたら、そこから自分の研究問いが立ち上がるかもしれません。
  4. 手を動かす:可能であれば、興味のある章で扱った手法を小さなコードや分析に落とし込んでみてください。
  5. 対話する:同じ関心の仲間と議論することで、地図の精度はずいぶん上がります。

それでは、本書をどうぞ自由に使ってください。あなたの研究や実践の良き伴走者になれれば幸いです。